【itaruインタビューをわかりやすく解説】嶋村到3つの答え

タイトルの文章

絵で語るから画家。画家を文字で説明するほど無意味なことがあるでしょうか。でも書きます。

サイのツノのように悠々と進め。

Exploring human experience through the uncanny portraits of Itaru Shimamura

itaru shimamuraの絵。感涙
Only itaru shimamura owns the copyright

インタビュアーはManu Sharma。STIRworldにおける公開日:2021年10月19日

この記事は画家itaru shimamuraが海外アートサイトSTIRに受けたinterviewを要約・解説したシリーズ記事です。シリーズ(1)はこちらをクリック

目次

これは信念でも哲学でもありません。 ここにメッセージはありません

あなたの作品は何を意味するのか、そのメッセージとは?

「人生」としか言えません。 これは信念でも哲学でもありません。 ここにメッセージはありません。

彼は作品の中にメッセージを明示することを意識的に避けていると述べています。

人生を芸術で満たすことだけを気にかけていると。

しまむらの巧みなストロークは、人間の顔やアイデンティティの輪郭を追いかけます。

itaru shimamuraの絵
Only itaru shimamura owns the copyright

しかし製作過程でそれらは塗りつぶされ、隠されていきます。

その結果、ブラックホールのように見える目を通して鑑賞者をぼんやりと見つめる、
美しく飾られた顔の奇妙なコレクションが生まれました。

アイデンティティってなに?

存在証明とか、自己同一性とか、そのひとがその人であることの証明。DNAと訳すひともいるみたい。

車庫証明なら、こないだとったけど。。。

車持ってたの!?

音楽・アフリカ・原始のデコレーション

しまむらは1965年に生まれ、人生のほとんどを横浜に暮らしています。

10代の頃2年間デザインを学びましたが、絵画については、子供の頃をのぞいて公式に学んだことはありません。絵画より音楽にはるかに夢中になった時期もあり、そこからも多くのインスピレーションを得ました。

彼が探求した音楽が他の文化への入り口として機能したことは明らかです。

嶋村はこのベースの上に、クリエイティブな洞察力をもって視覚的な対話をつくりあげました。

アフリカンアートと神秘的な装飾、また南アメリカのカラフルな鳥類の生活にも強く惹かれます。


自然がどのように嶋村の作品へ影響しているかは、単純には割り切れなさそうです。
確かに、彼の絵画の多くはホムンクルス(ヒト型)として表わされています。

嶋村が描くキャラクターの基本的なエッセンスは、非人間的に拡大されています。
しかしその大部分がまぎれもなく人間的な方法で自分自身を飾っているので、答えはそれほど単純ではありません。

itaru shimamuraの絵
Only itaru shimamura owns the copyright

おそらく、正義の手段でこれらの部分を読むために完全に破壊されなければならないのはバイナリです。

バイナ、ナ、なんだって?

イタルのキャラクターのほとんどは人型だけど、パーツが奇天烈にデフォルメされてるよね

昆虫とか植物に見えるとこもあるよ

変態した顔やからだは人間と呼ぶにはちょっとちがう。
でもパッと見はやっぱり着飾った異形のヒト型だよね

イタルの絵のこれはこうだ!と決めつける事自体に意味がないって言いたいのかな。

考えるな感じろ!みたまんまだ!黙って食え!

何も考えない。そしてただ仕事に向かう。

itaru shimamuraの絵
Only itaru shimamura owns the copyright

アーティストは、日本のポップカルチャーを構成するモンスターの影響も受けていると言います。

具体的には、マンガやテレビ番組のクリーチャーが彼の作品で果たした役割にこだわりも。

子供の頃に出会ったこれらのものが彼の手仕事に与えた深い影響には、最近になって気づいたそうです。

影響は認識しつつも、仕事に向かうときは何も考えないことが最善だと思います」 これは特定のメッセージを送ることを避けたいという彼の断固たる願いと結びついています。

だりー先生

タイトルをつけないのもその思いからかな

鑑賞者が絵に勝手なニックネームを付けて楽しむのは面白がってるみたいよ

だりー先生

カードゲームみたいにタイトルバトルやったらいいじゃん

年代的に、深夜ラジオの「ハガキで大喜利コーナー」みたくなりそうだな


STIRインタビューシリーズ2はいかがでしたか?

インドの気の利いたサイトがどこかでイタルを見つけて

「お、こんなスゴイのが日本にいるんじゃ―ん、話きいてみよ!」と思い立ってくれなかったら、

私も含め世界中、いやもしかしたらイタル本人も知らないままだったかもしれない事。


絵はたしかにそこにあるだけで雄弁なものですが、

その周辺を知ることでさらに深く味わうことができます。

アートは泉。そこから湧き出す水をのんで潤いに変えられるのは人間だけです。


さて次回はシリーズ最終回ほらね3分で終わるわけがないんだよ。

今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。

ではまた。ふじみのでした。

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この記事を書いた人

1963年生まれ。グラフィックデザインの仕事をしています。わるいやつじゃないです。定年前後の働き方・ハゲてるからこそわかったこと・芸術・デザイン・ねこについて主に書いています。

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